ぱん子のブログ

がんばりすぎない、ゆるっとしたブログ

[映画]永遠の0

  2013年12月公開。主演は岡田准一

百田尚樹による小説が原作となっています。


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2004年、佐伯健太郎は26歳になっていたが司法試験に4年連続落ち続け、なかば諦めモードの中、毎日をダラダラ過ごしていた。

そんなある日健太郎の祖母、松乃が亡くなり葬儀が執り行わ、そこで健太郎の母:清子から、松乃は2回結婚をしており健太郎の祖父:大石賢一郎は実の祖父ではないことを知らされた。

 

フリーのライターとして活動していた健太郎の姉慶子は本当の祖父のことを調べないかと健太郎に提案する。健太郎はバイト代をもらうことを約束してしぶしぶ慶子の手伝いをすることになる。

 

宮部を知るものに話を聞いて回る2人だったが聞けば聞くほど、誰もが口をそろえて「宮部久蔵は海軍一の臆病者だった」「誰よりも命を惜しむ男だった」と言い、よい話をきくことがまったくなかった。

 

宮部は「生きることが大切だと」と常に公言しており、戦闘の最中であってもまるで逃げるようにして遠巻きから戦況を伺うような行動をとっていたのだ。

国の為に命を捧げることが当然とされていた戦時中の日本において、宮部の言動はあり得ないものだったのだ。

 

しかし、ラバウル航空隊時代の宮部の部下:井崎から聞いた話はこれまでのものとは少し違っていた。

 

井崎の話によると宮部はとんでもなくすぐれた操縦技術をもつ航空兵であり、どんなことがあっても生きて帰ることの大切さを教えてくれた人であったと健太郎と慶子に伝えた。そのおかげて今の家族に出会えていると。

そして、心から家族のことを愛しており、家族の為に生きて帰ることを願っている人だったと聞かされた。その家族とはもちろん松乃と清子のことだ。

 

井崎の話を聞き、健太郎本気で宮部のことを調べたいとおもうようになっていく。

 

健太郎が宮部のことを調べていくうちにある疑問がわいてくる。

それだけ家族のことを思い、生きて帰ることを切望していた宮部がなぜ特攻隊に志願したのかということだ。

 

特攻隊と言えば、航空機に爆弾を積み搭乗員もろとも敵機に突っ込む攻撃で、戦況が悪化していた太平洋戦争末期に日本軍が編成した体当たり攻撃部隊である。

特攻隊員になるということは死を意味することと同じだったのだ。

 

宮部は筑波海軍航空隊で若い戦闘機搭乗員の育成にあたっていた。

宮部の教えは大変厳しく、実際に戦場にいくための試験でもそう簡単には合格を出さなかった。そのため学生たちからの反感もかったが何があっても決して暴力に訴えることはなくいつも丁寧に接していた。

しかしその教え子たちが次々と特攻隊員として出撃し、その多くが敵機に追突する前に撃墜され死んでいく様をみるうちに、宮部はだんだんと心を病んでいってしまった。

 

1945年8月、終戦の数日前に鹿屋飛行場から特攻隊員として出撃する日、宮部は大石に搭乗する機を変わってほしいと頼む。

頼まれた大石は不思議に思った。なぜならば大石が乗り込む予定の機は古い型で宮部の機は最新の型だったからだ。

大石はその時宮部の顔が、とても今から出撃するとは思えないほど穏やかな顔だったことに驚いた。

 

敵艦隊に向かい飛行中、大石の乗った機が整備不良を起こしてしまう。

なんとか前に進みたい大石機だったが途中、島に不時着する。

自分だけ任を果たせなったことに腹を立てる大石は、機の中に小さな紙切れと写真を見つける。それは松乃と清子の写真で紙切れには「もし松乃と清子が路頭に迷っていたら助けてあげてほしい」と宮部の字で書かれていたのだ。

 

宮部は出撃する直前、自分が乗る予定だった機が整備不良を起こしていることをわかっていて、それに乗れば生き残れたにもかかわらずあえてそれを大石に譲ったのであった。

 

大石は戦後松乃と清子のもとを訪れ、2人が大阪のバラックで大変厳しい生活を強いられていることを知った。

大石は、宮部が必死に守ろうとした2人がこんなに最低な生活をせざるを得ない状況に心を痛め、給料日になると米やフルーツを差し入れ二人の生活を支えるようになった。初めのころは大石を拒否していた松乃だったが、次第にこころを開いていき、大石も当初は宮部に恩を返したいという思いだったが、松乃への恋心に気づき2人はやがて結婚した。

 

■永遠の0を鑑賞して■

結局宮部が特攻に志願した理由は全編通してもはっきり描かれていなかったと思います。

ただなんとなく思ったのが、これ以上大石のような若く前途有望な若者が死ぬところを見たくないという思いと、家族を路頭に迷わしたくないという思いが、直前に戦闘機を変えて大石を生かした行動に繋がったのかなと感じました。

(宮部自身もまだ26歳であったため十分に前途有望な若者だったはずです)

 

真意はわかりませんが宮部が自分の命に代えてでも大切なものを守った事実は間違いなく、決して「臆病者」などと言われるような人物ではないということがわかりました。

きっとあの時代には宮部のように大切な人を守るために死んでいった人たちがたくさんいて、いま私が生きている世界はそういう人たちのおかげで成り立っているんだと思うと、自分の人生を大切に生きていかないといけないなと襟を正す思いがしました。

 

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